日本工業大学専門職大学院・中小企業イノベーションセンターでは、主要事業の一つとして、修了生等の交流促進支援事業を実施しています。
その一環となるのが、トップリーダー鼎談会です。
第1回は昨年8月、そしてこのほど去る10月14日(土)の夕刻、第2回鼎談会を実施いたしました。
その模様をご紹介いたします。
ご参加各位:(写真左から)
三愛電子工業株式会社
社長 寺井 一郎様
上原ネームプレート工業株式会社
専務 上原 謙人様
株式会社ワトモンジュ経営
社長 渡邊 康児様
社長と中小企業診断士
一方は企業経営の主体であり、もう一方は社長を支援し、客観的に助言を行う立場である。
この二者が一体となったらどうなるのか。
その実例が、まさにここ、日本工業大学MOTにある。
鼎談第二回目となる今回は、日本工業大学MOT中小企業診断士登録養成課程の修了者のお二人、そして今まさに登録養成課程で学ばれている、現役社長や次期社長のお立場にある方々にお話を伺った。
経営者が診断士資格を取得する意味合いとは
小田 寺井社長と上原専務はMOTとしては16期、登録養成課程としては第3期の修了生となるわけですね。渡邊さんは現在、MOT19期、登録養成課程6期で学ばれているわけです。
みなさん、それぞれ経営のお立場にあるわけですが、診断士の資格を取得しようと思った理由は何でしょうか。
社長の頭の中に診断士の知識や知見を入れるということ、いま、経営者にとって診断士の資格を取ることの意味合いについてお聞きしたいです。
社内研修で聞き手の態度が変わる
寺井 いや、いま実際のところ、大変役に立っているんです。
経営者である私にとって、診断士という資格、というか社内への効果、と言いますか。当社では社内研修は自前で実施していました。
それはこれまでの経験知を主体に行っていたのですが、診断士となって理論的なことを、きちんと伝えることができるようになった。内容はあまり変わっていないんですけどね。ところが、社内は「社長が診断士を取ったのか!?」と、受け取る態度が変わりました。
独立する上で心の支えとなる
渡邊 私は銀行を去る前は、当然ですが銀行の中の一人でした。ただ、50歳を超えた頃から、着地点というものが見えてきまして、このままでいいのか、という気持ちが強くなっていきました。
銀行員というのは、経験を積んでも他所では使い物にならない。けれど、銀行という看板を失ったとき、やっていけるのか、という心配もあった。自分はすごく心配性なところもありまして…。
そこで、自分を支えるものとして、診断士の資格が…支えが欲しいんです。
小田 渡邉さんは最近、独立されたのですよね。
渡邊 役職定年を機に、この7月に独立しました。銀行員からコンサルティング会社の経営者に転じたわけです。診断士資格の取得は、独立を見据えてのことでした。
銀行員というのはかなり多岐にわたる企業をみて、様々な経験が積めるのですが、しかしそれは銀行員の立場に立ってのものです。この経験はコンサルティング業で普遍化できるのか、私はかなり心配性なところがありまして、せっかくの自分の経験を、言い方は悪いですが、まともなものとして説明できるようになりたい、そう思ったのがきっかけです。
社長としての正しい判断の根拠となる
上原 私は父親が社長であり、後継者として専務を務めています。つまり、承継は「いつか来る出来事」であり、それに備え、体系的に勉強したい、という気持ちがありました。
20年ほど前に経営学の大学院に進み、MBAを取得しましたが、久しぶりに勉強したくなったのです。
経営者として承継すれば、会社を担うという責任が生じます。従業員に対し、大きな責任を負う。私の業界の自動車業界は、ご存じのように大きな変化の最中にあり、その中で生き抜くために正しい経営判断をしなければならない。正しい投資といった資金の有効活用をしなければならない。したがってまさに社長業として役立つための勉強が養成課程だったわけです。
小田 MBAと日本工大のMOT、登録養成課程で違いはありますか。
上原 日本工大のMOTは、中小企業向けの色合いが強いので、やはり中小企業を前提とした勉強ができる、という利点がありました。MBAの場合、大企業が事例といったことが多いので…ですので、私の場合、自分が診断士となれば、自社の経営に役立つ、という明確な思いがありました
社長の直観とその検証力を併せ持てば「よい経営者」に
質的に異なる二つを一つにした診断士経営者
寺井 当社も電子機器関連が主体ですが、診断士となって、コンサルティング事業も始めました。タクシー無線の顧客管理システムに対してなのですが。しかし、逆に診断士がよい経営者になれるとは限りませんね。
小田 よくいるじゃないですか、この株は必ずもうかるので購入した方がいい、と進める評論家のような方が。診断士をはじめとするコンサルタントも似ています。起業を進める人が、なぜ自分で起業しないのか、ということですね。
渡邊 経営には答えがないからではないですか。助言ははっきりできても、いざ経営者となると、答えは一つではない。
小田 実は私自身も40代の頃、起業した経験があります。経営は、少々神経が図太くないといけませんね。家族に対しても納得させることができないといけませんから。
やはり、コンサルタントと経営者は、質的に異なるものがあります。ところが、その質的に異なる二つが一緒になると、よい経営者になる場合がある。
中小企業庁が、伴走型支援ということを言っていますが、一人の人間の中で、社長とそれに伴走する診断士が同時に存在し得るわけです。
直観と知識
寺井 診断士の知識は、社長としてもリスクマネージメントや資金調達では役に立っています。とくに社長は金融機関との付き合いが重要な仕事になる。お金を借りるというのが、大変な役割になるんです。
その場合、銀行員の手の内がわかる。ところが逆に、社長には直観でやらなくてはいけない部分がある。そこを体系的に勉強してしまった、枠をつくってしまった、という面があります。無意識でやっていた部分に知識が入ってきた。
小田 経営者の直感力というのは、いくつかの失敗を経験し、窮地に追い込まれ、それを脱することを重ねてかたちづくられていきます。経営者は歴史小説が好きな人が少なくないですが、あれは、「ここで自分ならどのような判断をするだろうか」と考えさせられるからですね。
一方で直感力は大事でありますが、それをサポートしたり検証したりすることも重要です。そこで診断士の知見が役に立ってきます。
上原 父親から直観力を磨け、とよく言われます。そして自分も、自分の直観を検証したいという気持ちがあります。現在は、社長である父親が、自分の直観の支柱になっています。ところが、自分が社長に就任したときに、今度は何を信じればよいか、ということになります。
寺井 社長というのは、時として裸の王様になりかねないものです。そうならないためにも、自分の中に外部の視点を持つというのは重要です。
渡邊 たしかに。銀行員の立場からいっても、そうしたことが時々あります。
現代版の番頭としての診断士
小田 ある意味、自身の中に番頭を持つようなものかもしれません。中小企業診断士は、現代の中小企業の番頭として必要かもしれないですね。
よい社長の裏には、発想の異なる人がいるものです。社長としては、診断士の資格は、更新があったりと、資格を維持するのに、やや面倒なところがあるかもしれないですが、経営者として考えてみると、自分の直観をプロセス分解してみるのに役に立ちます。
上原 資格は維持することが目的ではないですが診断士を続けることで、自動車業界の中だけでなく、異なる業界の気づきがある。ですので、できる限りは続けようと思っています。
診断士であることをビジネスに活用する
小田 診断士仲間のネットワークを活用して、ビジネスにつなげていく効果はいかがですか。そういった期待感もあるらしいですが。
寺井 人脈は広がりましたから、仕事にも活かせます。診断士資格を更新していく上で、常に新しい事柄を学んでいかなくてはいけない。時流に追いついていないと、こちらがコンサルティングできません。
上原 私どもも同期で2カ月に1度、勉強会を行っていますよ。
小田 私はこういった緩やかなネットワークを弱結合と呼んでいます。あまり強すぎない、ほどほどの結びつきが新たな事業の創造の源になることが多いのです。
顧客視点の立場に立って
小田 コンサルティング以外に診断士資格を活用するシーンはありますか。
寺井 何度か経営者向けの講演の機会がありました。その場で参加された皆さまとお話もしますが、プールサイダー的な視点での助言は、まずうまくいかない。やはり伴走型でなければならない。経営者のみなさまとお話をすると、色々な問題があるな、とわかってきます。そのそれぞれに、具体的にどうしたらいい、というと動いてくれる可能性が高い。経営とは何ぞや、といった大上段な立場ではだめなのです。
小田 具体的にどういったことですか。
寺井 たとえばある商工会の経営相談会で、起業家の方々の相談を受けましたが、こちらも経営者なので、立上げの苦労がわかります。経営の悩みどころが理解できる。寄り添えるんですね。相手の視点で、顧客の立場で本当のコンサルティングができる。
数字と直観を融合する
上原 私はこれからの会社に必要なことは積極的に挑戦していきたいと思っています。数字で先を見通す力、数字ではなかなか表せない経営者の直感力、両者の視点を併せ持つことが経営には大切だと思います。父の直感と私の診断士の観点はというのは、今は良いコンビでできていると思っています。
小田 なるほど。本日はありがとうございました。
おわりに
中小企業診断士は支援においてストーリーを示すだけではだめ、数字を出さなければ社長は動かない、とよく言われる。一方で、複雑な諸条件が絡み合う中、一瞬で判断を出す社長の直観は、経営者ならではのもの、とも言われている。
社長が中小企業診断士となることは、上原専務が最後に言われたように、論理的思考(数字)と直観的思考(瞬時の判断)を併せ、さらに高度な経営判断へと導くものといえるだろう。
今回ご鼎談の皆さま、貴重なお話をいただき、ありがとうございました。(了)
<参考> 小田センター長より
鼎談で話題となりました「論理的思考と直感的思考」、「中小企業の番頭さん」、「診断士の人脈」に関わる記事が技術経営研究科の公式ホームページの「MOT Letter」に掲載されていますので、ご興味のある方はご高覧頂ければ幸いです。
➡https://mot.nit.ac.jp/column/nit-mot-letter/columns-20200904150717
➡https://mot.nit.ac.jp/column/nit-mot-letter/columns-20211026171338
➡https://mot.nit.ac.jp/column/nit-mot-letter/columns-20201216180312